宮崎宣子が歩んだ軌跡 姉との絆と報道・宮崎市からフリーアナ兼実業家への挑戦

#アナウンサー

兄弟・家族のあたたかなバックグラウンド

  • 宮崎市で育まれた家庭
    宮崎県宮崎市で1979年9月4日に生まれ、父は高校国語教師、
    母は小学校教員として教育に携わる家庭。

    幼少期から家族で読書会を開くほどの読書好きで、家族の前で感想を発表する
    「おはなし会」が日課でした。

  • 年上の姉との切磋琢磨
    3歳年上の姉はピアノ演奏が得意。姉妹で童謡をハモったり、姉のピアノ伴奏で
    朗読劇ごっこをするうちに、「声と音で人を楽しませる」喜びを自然と学びます。

  • 両親からの伝える力の教え
    父からは論理的に言葉を組み立てる技術、母からは感情を込めて語る朗読のコツを
    それぞれ教えられ、家族が発声や表現の最初のオーディエンスでした。


アナウンサーへの道:放送部から早稲田大学へ

池内小~大宮中で芽生えた声への自信

  • 学芸会での主役経験
    小学校では毎年学芸会の司会を担当。演劇的な演出も手がけるなど、
    クラスメイトをまとめるリーダーシップを発揮しました。

  • 大宮中 放送部での挑戦
    中学では放送部に入部し、市の朗読コンクールに出場。長文の新聞コラム朗読で感情表現を磨き、NHK杯全国中学校放送コンテストに出場するほどの実力をつけました。

宮崎北高 放送部での飛躍

  • ドキュメンタリー制作
    全国有数の実績を誇る宮崎北高校放送部で、熊本県の復興支援ドキュメント番組を制作。

    取材から企画、ナレーション、編集までを一貫して担当し、
    全国大会で入賞を果たしました。

  • 仲間と分担するチーム力
    部員たちと役割を分担し、スタジオ録音やロケ収録を行うチーム力を身につけ。
    互いに原稿をチェックし合うことで、正確さと自然な読みを両立できるようになりました。


早稲田大学での学びとTVAS訓練

  • 演劇学専攻での表現訓練
    早稲田大学第一文学部英文学専修進学後、演劇学科で声の出し方や舞台表現を学び、
    台詞の抑揚や間(ま)の取り方を習得。

  • アナウンス研究会(WAK)での実践
    大学公認のアナウンス研究会に所属し、学内外のニュース番組再現、朗読会、
    ディベート大会で司会進行を担当。

  • テレビ朝日アナウンススクールでの集中講座
    在学2年次からTVASに通い、原稿読み、発声トレーニング、スタジオ実習を毎週受講。
    早朝からの本番さながらの緊張感の中で技術を磨きました。


日本テレビ時代(2002–2012年)

入社から『ラジかるッ』へ

  • 入社3年目までの研修期間
    2002年4月入社後は社内研修とAD業務からスタート。
    現場での細やかな気遣いや情報収集力を学びました。

  • 『ラジかるッ』での飛躍
    2005年10月、『ラジかるッ』にレギュラー出演。日常ネタからグルメ、
    エンタメまで幅広い情報を軽快に紹介し、視聴者の信頼を獲得しました。

  • 「寝坊遅刻事件」への誠実対応
    2007年12月、番組開始直前に寝坊し45分遅刻。自ら翌日に番組で報道記事を紹介し、正直に謝罪。プロ意識と誠実さが視聴者から称賛されました。

マラソン完走と健康管理

  • 東京マラソン完走
    2008年2月、第2回東京マラソンに同僚アナ11人と参加。
    苦手なフルマラソンを6時間51分6秒で完走し、粘り強さを示しました。

  • 顎関節症との闘い
    2009年、顎関節症で休養。2010年春に復帰後も治療と仕事を両立し、
    健康管理の重要性を実感しました。

フリー転向と新たな挑戦

  • 日本テレビ退社とプロダクション尾木所属
    2012年3月に退社し、5月にプロダクション尾木へ所属。
    フリーアナとして『ネプリーグ』で復帰を果たしました。

  • ハーブ事業「EMARA」の立ち上げ
    2018年10月、自然派ハーブ製品ブランド「EMARA」を創業。
    代表として商品開発から販路拡大までを主導しています。

  • 個人事務所「Aloha herb」設立
    2019年4月に独立し、フリーアナ活動と並行して実業家としてブランド運営を拡大中です。


地元・宮崎の魅力と想い

  • 青島神社と風の音
    祈願に訪れた青島神社では、波の音と風を活かした朗読イベントを企画。
    故郷の自然音が声に込める情感を豊かにしてくれます。

  • 宮崎県産グルメ
    チキン南蛮発祥の店「おぐら」の味、完熟マンゴーのジェラートなど、
    故郷の味覚を情報番組で度々リポート。地元愛を伝えています。

  • 都城市での地域取材
    父の転勤で数年暮らした都城市では畜産農家を取材。
    地域資源を生かす取り組みを紹介し、地元の魅力発信に貢献しました。


まとめ

宮崎宣子は、姉との読書・朗読の思い出から放送部でのドキュメント制作、演劇学科とアナウンススクールでの研鑽を経て、日本テレビで飛躍。

寝坊謝罪やマラソン完走、顎関節症克服といったエピソードが示す粘り強さと
誠実さが持ち味です。

フリー転向後はハーブブランド経営と早稲田大学大学院での学び直しにも挑戦中。
宮崎の自然と地元愛を胸に、メディアとビジネスで新たな一歩を刻み続けています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました